勝武さんが三線の教師免許を受験した時

審査員は正雄先生でした。

28歳の勝武さん、この世界のことをほとんど知らない私でさえ、これは落ちたなと思うほど惨憺たる歌でした。

私が勝武さんの歌を聴いた中でワースト1の歌でした。

そそくさと会場を後にし何も言わない勝武さんに付き合っていました。

家に帰ったら義理母さんに合格おめでとうと言われ勝武さんまた怒り親の七光りならいらないと

よくよく義理母さんに話を聞いたら

演奏の途中でカラクリが緩みそれでも抑えツボを探りながら最後まで弾いていた事を

正雄先生はしっかり見ていらしゃったようで

大した技量だと褒めてくれたそうです。

教師免許は後継者を指導するための審査だからその資格は十分にあると審査会の中で仰ったそうです。正雄先生がいらっしゃらなかったら多分不合格。

あとで聞いたのですが、ひどい歌の原因は精神の不安定な友人がヒョッコリ訪ねてきて朝まで付き合い一睡もしていなかったそうです。引きこっもっていて久しぶりに訪ねてきた友人に明日試験があると言えなかったそうです。

正雄先生があの時にこの道を歩きなさいと

門扉を開いてくれたような気がしてなりません。

両親も師範であり教室もあるのでいずれは指導していたかもしれませんが

正雄先生が仰った言葉はいつでも勝武さんの胸の中にしっかりと刻み込まれていると思います。

あれからずっと教室を継続しているのですから。

正雄先生ご冥福をお祈りします。