この頃は、東南アジアの諸国でも機械化が進んでいるのか水牛の角がなかなか手に入りにくくなりました。

先代は戦後の何もない時代に三線店を創業し作れるものはなんでも手作りでした。

バチ  カラクイ  ウマ  チーガ  

この頃そのパーツを作る職人さんがめっきり減って憂えていた勝武さんは材料の水牛を仕入れることが出来たので嬉しくて先週からずっとバチばっかり作っています。