先週末にカンカラ三線の取材があり本日放送されました。取材の方と色々やりとりがあり勉強になりました。

上記の材料でカンカラ三線を作った事。勝武さんは先代の勝市、今は亡き12歳年上の長兄勝秀から聞いたら話を元に再現しました。

取材を引き受けたのは3代目の武志にそれを伝えておかなければと思ったから。

捕虜収容所に収容された人達がそれらを集めるのは至難の技。空きカンだって使い方によってはナイフのように鋭い刃物にもなりうるのです。

警備の米兵も楽しそうに歌う沖縄人の捕虜を最終的には大目に見てくれたのでしょうか?

屋嘉節の後に楽しい民謡をということでしたがさすがに勝武さんが歌った後はそのことは言いませんでした。

娘とパラシュートの細紐の中にあるさらに細い紐を抜いて何本か糸縒りをしたのですがなかなか上手くいきませんでした。

どんな気持ちだったのだろうと想像しながら娘と話しながらカンカラ三線が仕上がるのを見ていました。

戦後、先代勝市はどこから材料を調達して三線を作ったのか?お金ではなく物々交換だったそうです。

三線って不思議な楽器です。