4月19日はくるちの杜の草刈りでした。あいにくの雨で早めに切り上げたのですが、会長の宮沢和史さんは黙々と作業をしていたそうです。くるちの杜のリュ ウキュウ黒檀が三線の材料になるのは100年後です。言うは易し行うは難しなのです。勝武さんはそんな宮沢さんの姿に感動を覚え又次回の草刈も頑張ろうと 心に決めたそうです。島唄のヒットで三線に関心を持って下さる方が増えたのですが、あまりの需要に供給が追いつかず中国産やベトナム産の安い三線が出回り 沖縄の三線職人は苦しい状況だったこと、実はリュウキュウ黒檀がほとんどないことを知った宮沢さんはくるちの杜プロジェクトを実現させたのです。沖縄戦で 沖縄は焦土と化し木々や植物もほとんど焼失しリュウキュウ黒檀もなくなってしまいました。島唄は沖縄戦の鎮魂歌です。100年後に三線ができるというのは 平和であることを願ってのプロジェクトでもあるのです。